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2022年1月7日金曜日

4つの財布ができました

富裕層は4つの財布(収入源)を持っていると言われています。

私も給与以外の収入を得るために長年トライしてきました。その結果、今では5つの収入源があります。

①給与収入  勤務している会社からの給与

②副業収入  副業解禁に伴い、別法人にも在籍し、役員報酬をもらってます。

③個人事業  私の国家資格の個人事務所を立ち上げ、ささやかな売上げがあります。

④投資収入  配当で年間100万円、トータルリターンで年間400万円が得られています。

⑤家族の収入 妻のパート、長男のアルバイト収入を合わせると相当な収入です。

この数年で、これらの収入源が手に入りました。5年間のリタイア準備期間で、少しずつ進めていた活動が花開いたわけです。

私は今40代後半ですし、まだまだ収入は増えます。これからは、自分の家計に貯蓄するのではなく、社会課題の解決に向けた取組などに投資していきたいと考えています。



2020年5月16日土曜日

振り返り 5年後のセミリタイアは達成できたのか?

このブログは2015年12月にスタートし、40歳代の企業人である私が、5人家族を養いつつ、5年後にセミリタイアすることを目指す内容です。

5年後は「2020年12月」でまだ先ですが、現時点(2020年5月)で振り返りをしたいと思います。


1.5年間の目標は達成できたか?

リタイア準備期間とした、この5年間の目標

①リタイア準備期間では、以下の行動をとるようにする。

 第1 現在の仕事に悔いが残らないようにやり遂げる
 第2 リタイア必要資金の確保
 第3 リタイア後の活動をトライアルで開始してみる。5年後から本格化

②リタイア必要資金を以下の手法で貯金する。

 日々の節約  家計を見直し、無駄な支出カット
 資産運用   年率3~5%
 副収入    ブログ広告収入1~2万円/月等

リタイア後の活動では収入は求めない。

2.結果 

①は達成できました。
第1の目標である「仕事をやり切る」は、この4年半で本業のプロジェクトをきちんと企画して順調に実行しています。お陰様で、今の私は多くの事業パートナー達に囲まれています。第2の目標である「リタイア資金確保」も達成しました。子供3人分の養育費と教育費の貯蓄は完了しました。そして夫婦2人が90歳位まで生きていく貯蓄等も確保しました。

第3の「リタイア後にやりたい活動をトライアルで開始する」も予期せぬ形で達成出来ました。前回の記事「派生形FIREを楽しむ」に記載しているように、私がセミリタイアして携わりたかった活動は、今の勤務先や副業で実現しているのです。

②について。
当初の3年間は徹底して節約しました。しかし4年目から、本業や副業の中で自分の活動が出来るようになると、その活動で必要な備品にお金を使ったり、講演をしたり、メディアの取材を受けたりする機会が増えた為、衣料費をかけるようになってしまいました。
その為、4年目以降は貯蓄スピードが大きく減速しました。
まだ金融資産ベースでは億り人にはなれていません。。

資産運用も、3年目頃から放置状態でした。現在で配当収入は年間65万円に留まっています。しかし、最近になった再開したので、運用状況もブログで記載したいと思います。

副収入はうまくいってます。私が若い頃に取得した国家資格を活かして、個人オフィスを立ち上げました。個人事業主です。その国家資格関連でアドバイス業務をしたり、同じ資格者同士でビジネスしたりで、ちょっとした収入があります。月2万円程度ですが。

③について。
リタイア後は収入がなくても、なんとか乗り切れそうですが、今すぐにリタイアしたとしても次の収入が見込めます。

妻の収入 年80~100万円
副業   年25万円
配当収入 年65万円
合  計 年170~190万


3.評価と今後  

この4年半のリタイア準備期間は、幸運にも恵まれて、想定以上な結果を出せたと思っています。
企業を辞めずに、個人事業が出来る時代がくるとは4年半前には想像できていませんでした。
今は、仕事もプライベートも融合する時代です。また昔ほどは、社会や企業において不合理さがまかり通る時代ではありません。

この4年半で、私(おそらく、このブログを読んで頂ける方々の)の価値観に、社会のほうから近づいてきたと思っています。働き方改革やイノベーション推進など、私が望む働き方が社会で認められるようになってきたのです。

今後については、今の生活を続けるつもりです。企業人であり続けることは、それなりにシンドイですが、それでも得られる知識や人脈、経験は非常に大きいです。それらを個人事業でも活かしています。逆に個人事業で得たノウハウを本業に反映するという良い循環が構築できています。

40歳代も後半に入っています。今が年齢的には、体力・経験値の面でも最も充実している年代だと思います。

ブログという他の人々に見られる媒体で目標設定をし、実現していくというプロセスはとても有効だと感じています。

そろそろ次の5年間の目標を設定したいと思います。

2020年5月13日水曜日

リタイア後の活動⑤ 「FIREの派生形」を楽しんでいます。

以前の記事で記載した通り、もう退職しても資産面では問題ないのですが、大学卒業後から勤めている会社は続けつつ、リタイアしたのと同じ環境が実現しています。

事実上のFIRE(Financial Independence, Retire Early)です。

今も本業や副業の会社組織に所属している理由は、もはや「生活する手段」ではなく、「自分が目指す社会貢献の為の手段」にすぎません。
一般的に20~30歳代での早期リタイアを「FIRE」と呼ぶようですが、あえて私の現状をFIREの派生形と表現します。


勤める企業の経営方針と、私が目指す方向性は合致し、私がプライベートで勧めていた若者支援や柔軟な働き方事業は、今は本業の中で実施しています。
そして、複数の私の事業が成功し、いま私はそれらの事業のエグゼクティブの立場で自由に活動しています。

また副業も解禁されました。
いまは副業で個人事務所を立ち上げ、私が有する国家資格の組織運営にも所属しています。そこのメンバーと意気投合して複数のプロジェクトに携わることになりました。コラムなども書いています(笑)

あまり詳しく書けませんが、私の本業や副業での取組みはメディアでも取り上げられています。

経済的自由を達成し、自分がやりたい社会活動を行う。これも一つの「FIRE」の在り方かなと私は思います。


しかし、ブログ等で目標を書いて明確化し、少しずつ歩いていけば、どんな形であれ、規模の大小はあれ、必ず達成できる。

誰もが実現できる、その過程を、今後はこのブログで綴りたいと思います。


2019年6月21日金曜日

リタイア後の活動④ 企業人を続け、個人活動も行う 

久々にリタイア後の「やりたい活動」についての記事を更新します。

前回の記事で書いた通り、リタイア後の「やりたい活動」の体制が整い、実はもう既に本格的に開始しています。

それも「会社に勤めながら」です。

勤務先の「働き方」が大きく変化し、多様かつフレキシブルな働き方が出来るようになったのです。

プライベートの時間に加え、就業時間中も私の「やりたい活動」が出来るようになりました。
もちろん、本業にも一定のシナジー効果がある活動が前提ですが、「やりたい活動」と、最近の会社の
方向性がほぼ合致してきました。

その為、私は、休日や就業時間の一部を活用して、専門分野での若者支援と、NPO法人等と連携した子供支援は着手しました。

今年は、私が有する国家資格の協会の運営側に入ることになり、若手資格者の育成に携わります。
また、詳しくは記載できませんが、行政等と連動した子供の教育支援活動も今年からスタートしました。
プレスリリースにもなり、大きくメディアにも取り上げられています。

会社に勤めながら出来るのです。このブログを始めた頃には予想だにしなかった展開です!


貯蓄の方も、後程、正確に集計してアップしますが順調です。想定より早く、今年度末に「金融資産1億円」に到達します。

現時点でリタイア、つまり会社を辞めることも出来るのですが、会社にいた方が「やりたい活動」が出来る状況にあります。
したがって、この状況が続く限りは会社を辞めることはないと思います。

今はブログ開設時とは異なり、充実した日々です。


2017年12月13日水曜日

リタイア後の活動③ この1年間でほぼ体制が整いました。

久々にリタイア後についての記事を更新します。
もう金融資産的には、あと1年働けば十分リタイアが出来る状況になりました。
そして、リタイア後の活動②で記載した「やりたい活動」の体制をこの一年間で、ほぼ
作り上げることが出来ました。

私の専門性を生かした若者育成の活動と、子供達を支援する活動を、細々とトライアルで
行ってきました。
かなり軌道に乗ってきました。

この1年で一気に進んだのには理由があります。

FACEBOOKを上手く活用したのです。

FBで知り合った、同じ志の人達と連携することで、一気に実現性が増したのです。
仲間ってやっぱり大事ですね。掛算、いや乗数のようにスピードが増していきました。

では、来年リタイアするかと言われると、たぶんリタイアは当分先になりそうです。

日中の会社の環境と体質が大きく変わったのです。中にいても感じるほどに健全になりました。

そして、いま、正論が通る環境になりつつあります。

この環境の中で、もう一度、私の理想を貫いてみたいと思っています。

もしかしたら、もうこのブログの役割も、良い意味で終わったのかもしれません。





2016年1月26日火曜日

リタイア後 大学に行きたい

COLLEGE.jpg

私は5年後にリタイアして、やりたい活動に没頭します。
そのやりたい活動の一つに「大学」に行くことを加えたいと思います。
リタイア後について、こういう妄想をするのが一番楽しいですね。

【社会を経験した後に大学に行く意義】
私は理系の学部を卒業しました。正直、勉強熱心な大学生ではなかったと思います。
ただ大学は楽しく心地よい空間でした。
大学で学んだ知識は、私の場合は社会に出て非常に役立ちました。

一方、社会に出て会社に就職し、大学の専門性の延長上でキャリア形成を行ってきましたが、
だんだんと、真に自分の目指す方向と、少しずつズレが出てきました。

それは当然のことだと思います。18歳の高校生の時点で、社会のことも良く理解出来ていない中で
取り敢えず、大学の学部を選択するのです。その学部の中で、更に専攻を選択します。
そして21歳で就職するか大学院に行くかを選択し、就職先は自分の専攻の業界になります。
勿論希望してもその分野の就職先に行けないケースも多々ありますが。

つまり社会のことも、実際の仕事の内容も良く理解出来ないまま、(当時の価値観では)一生働く職場を
決定するのです。

そりゃあ、自分の思い描いていた仕事と、実際の仕事に違いがあって当然でしょう。
自分にはこの仕事に適正があると思っていたら、真逆だった場合も往々にしてあると思います。

なので、社会で10年・20年働いた後で、自分の適性や真にやりたいことをきちんと把握した上で
大学等で学び直すことには意義があると思います。

【40歳代で何を学ぶのか?】
今は2つの候補を検討しています。
■現在の専門と同じ分野の大学・大学院
 今の専門を学術的にも極めてみたいと思います。しかしこの分野はやり切った感があるので、
 直ぐに飽きてしまうかもしれません。慎重に下調べします。
■全く異なる分野の大学
 私は農業・漁業の第二次・第三次産業的な分野の学部がある大学を目指したいと思います。
 卒業してその分野に進む訳ではないですが、元々興味があります。

【入試について】
さすがに国立大を一般入試で目指すのはしんどいので止めます。
少し調べると、今では私立大学だとセンター試験の3教科の点数のみで個別試験なしで入れる
学部もあるんですね。

数学と英語は社会人になっても使っているのでおそらく大丈夫ですね。センター英語はTOEICの
スコアが代用出来るようになるそうなので、それなら英語は試験すら受ける必要がなくなります。

問題は理科ですね。これはきちんとやり直す必要があります。
図書館にこもってやり直すのも良いかもしれません。

また自分の専門と同じ分野を研究している大学院だと、その分野の論文が試験科目になっています。
これは勉強しなくても書けそうなので、一番楽かもしれません。

まあ、ちょっと調べただけなので、ゆっくりと考えます。




2016年1月19日火曜日

リタイアが決まり、仕事に充実感が出る。

最高峰.jpg

最近、時間が足りません。
外国株を購入する為、マネックス証券に資金を移動させたいのですが、その時間もありません。
リタイア準備期間に入った為、日中はやり遂げたい仕事が沢山ある為、時間が過ぎるのが早いです。

【時間がない。が充実感はある。】
今日も若い後輩達と製薬会社を訪問し、ヒアリングを行いました。
やる気に満ちた後輩達と行動を共にすると刺激を受けます。彼ら彼女達は眩しい位にイキイキしています。こういう若者達が日本に溢れかえるように、僕はもっと活動をしたいと改めて感じました。

今日一緒に行動したメンバーは全員、最高峰の学歴でした。全ての点において運が良かった人々の集まりと言えます。もちろん皆が人並み外れた努力もした結果ですが、努力が出来る環境に身をおけたこと自体が既に運が良いのだと私は思います。勿論、私も運が良かっただけであり、親に感謝しています。

今日はそんなことを感じた為、運や機会に恵まれなかった子供や若者をサポートしたい気持ちが強まりました。

午後もレポート作成に追われ、気付いたら終業の時間になっていました。
このレポートも若い担当者から私に依頼があって、私が専門分野の情報を纏めたものです。
この若者も毎日遅くまで残業して努力しています。少しでも私の知恵が役に立てば良いと思います。

【この充実感を感じつつ今の仕事に心残りがないようやり遂げる。】
最近は仕事に充実感を感じることが多くなりました。恐らく今の仕事に心残りがないように、やりたいことは全てやり切るつもりで臨んでいるからだと思います。またリタイア迄の時間も限られている為、一つ一つの業務が二度とやることがないと思うと、面倒な作業も感慨深く感じるからだと思います。

この段階に到達するまで時間がかかりましたが、心地よいと思っています。

2016年1月11日月曜日

リタイア後の活動② キャリアを活かした活動を個人で継続する

前回の記事「リタイア後の活動①」に続いて、5年後のリタイア以降の活動について、自分の考えを整理する意味でも具体的に記載します。但し、個人の特定を避ける為、業務内容は敢えて曖昧にしています。

【現職のキャリアと国家資格を活かした監査】
私が現在、会社で担当している仕事の一部は、個人でも行うことが出来ます。
私が若い頃に取得した国家資格の独占業務(監査業務)です。これを、リタイア後に、個人で(又は法人化の上)忙しくならない範囲で引き受けるつもりです。
その監査業務は季節労働なので、一年の内、合計3・4カ月は多少働く必要がありますが、それ以外は纏まった仕事がありません。全くないわけではないですが。

但し、私も実際に独立して監査業務を行った経験がない為、多少、憶測が入ってます。
このリタイア準備期間の5年間で、知り合いからもう少し状況を詳しく確認します。

【同業の若手を育成し、若手から刺激を受ける】
私は、この国家資格の仕事を、既に今の会社で20年超にわたって経験しています。自分としては、この仕事に全身全霊で没頭したつもりなので、自分はこの分野のスペシャリストだと自負しています。
なので、リタイア後は、私の得意分野に関して、同業の若手を育成していきたいと思っています。
偉そうに「若手の育成」といっていますが、私は今まで会社に所属して仕事してきた訳ですから、独立した場合は勝手が違うと思います。なので、逆に既に独立して頑張っている若手から教わることも多いと思います。それもまた楽しみです。


リタイア後の活動①

私は5年後にリタイアします。
リタイア後の活動について、自分の考えを整理する意味でも具体的に記載したいと思います。

【リタイア後の活動① 機会に恵まれない日本の子供達をサポート】

■日々の勉強とスポーツの機会を提供する

様々な事情を抱え、勉強やスポーツに専念出来ない子供達を直接・間接的にサポートします。
私は大学時代、小中学生にスポーツを指導する活動もしていた為、スポーツ指導者の資格を持っています。今でも細々と学生を指導しています。
リタイア後は、この活動を拡大します。公共施設を借りて、出来る限り希望者を受け入れて指導します。
月謝は場所代程度です。そして事情がある家庭の子供達には負担のない範囲で参加できるようにします。
そして練習後は私の時間が許す限り希望者に対し、握り飯を一緒に食べつつ、学校の補習・試験・受験勉強のサポートをするつもりです。
私は学生時代、小中高の塾講師と家庭教師をしてきました。今も自分の子供達を教えています。

■少しでも教育・体力格差をなくす。出来る範囲で。
この活動により、様々な事情で、十分な教育やスポーツの環境を得られない子供達をサポートし、身体と精神と学力を鍛えてあげたいと考えています。
もちろん生易しい活動ではないし、出来れば見たくない現実にも直面すると思います。でも、この世の中の不平等や、生まれの格差を無くす活動を少しでもしたいのです。
だって、そんな残酷な現実が許されるはずがないと私は思います。
生まれた時点で格差があり、既に勝負がついている世界なんて残酷だと思いませんか?
Wikiの日本の教育格差を見ると、日本の現実を突きつけられて気分が悪くなる。

■私の活動に賛同する仲間と一緒に
これらの活動は、既に私自信や知人が実行している内容です。時間さえ出来れば、直ぐに活動時間を拡張出来ると思います。『リタイア準備期間』に入った今から、少しずつ拡張していきます。

この活動が軌道に乗れば、援助してくれる団体や企業が出てくるかもしれません。皮肉的な言い方ですが、「美しい活動」なので、援助のし甲斐があるからです。CSR活動成果の欄に書く材料を探している企業も多いのです。しかし、そういった趣旨の援助であっても、援助には違いありません。有り難くサポートを受けて活動を盤石なものにしたいと思います。



2016年1月6日水曜日

私がリタイアする理由。『どれだけ取り繕っても世界は不平等』なことに気付いたから。

私もセミリタイアする理由を記載したいと思います。

今思えば、私は世間知らずの青年だったんだと思います。
私は無宗教ですが、常に「誠実に生きていれば必ず報われる。」と信じていました。
そして、この社会は公正で崇高(今あらためて文字にすると滑稽ですが)なシステムの下で調和が保たれていると信じていました。
日本が先の戦争に負けたのは当時の軍の凶行がもたらした因果応報である、そして昭和の日本の復興は、当時の世代のピュアな勤労の賜物だと信じて疑いませんでした。もちろん間違いではありませんし、一部は真理でしょう。

しかし、世の中は、世界はそんな澄み切ってもいないし単純なものではない、ということをつい最近まで知りませんでした。
実は40歳を過ぎた今でも未だ心のどこかで「誠実に生きれば必ず報われる。」と信じています。
今でも誠実に仕事をして、何らかの価値(生産する・サービスを提供する等)を生み出している人こそが尊敬され、豊かな生活を送る権利があると信じたいと思っています。

しかし、皆さんは既に知っている通り、この考えは真実ではありません。

世界レベルで見れば、私利私欲に満ちた先の大戦の勝敗が、現在も世界の既得権益として固定されたままです。各国レベルで見れば、ピケティ理論が示すように、既得権益を持っている人間は、何の価値を生まなくとも雪だるま式に富は増えていく構図が出来あがっています。

そういった構図の中であっても、日本は未だ公平な国だと信じていたいです。
しかし昨今の状況をみると、残念ながらそうではないですよね。


既に子供の頃の教育・経験・生活環境で、追い付けないほど圧倒的な差が出てしまう国だと思います。

私は片田舎で育ちましたが、教育熱心な両親のお陰で十分な教育を受けられました。
それでも上京した際、恐らく私と同程度の能力の人間と比較して、知識や経験で「差」を感じました。
能力は同等です。しかし彼らは東京の利便性を享受して育っており、知識・地縁・人脈・経験等の差は歴然で、私が追いつくのに相当な時間を要しました。
この差に加え、もし十分な教育を受けられていなかったらと思うとぞっとします。

言い尽くされた論点で恐縮ですが、この国は、世界は、生まれ育った環境で既に持つものと持たざる者の格差があり、財産だけでなく教育・知識・経験の機会迄もが持つものが子に『相続』していくのです。個人の努力では到底追い付けない格差。それは非常に優れた者が、運よく授かった優れた子・孫数に資産を相続し続けて、ようやく追い付けるほどの差。そんな格差が普通に存在する。

そして皆さんもご存知ですよね? 富裕層は、僕らがあり付けない有利な投資先を独占していて、その余りだけが僕らに廻ってくる。僕達が一生懸命頭を下げて働く間、富裕層は労働せずとも金が金を稼ぎ、更に知識や経験を積み、最先端の医療を受けて健康的な生活をし、更に強くなっていく。


私が40年間、日本の社会や海外で活動した結果、ようやく理解しました。私は絶え間なく努力し、たまたま強運もあり、客観的には最難関レベルの学歴・職歴・資格を得て、今はそこそこ恵まれたポジションに到達しました。ですが、いろいろなヒエラルキー(敢えてこの言葉を使います)を経験するほどに、社会の歪みがはっきりと見えてきます。持つもの・持たざる者、経営層・労働者、発注者・受注者、上司・部下、教育と職の相続、健康・・・・ 

そして、理解したことが、

世界は平等ではなく、誠実に努力すれば報われるほどピュアでもない。
それを理解した時、私の価値観は大きく変わりました。


まず私の行動規範であった「勤勉・勤労」という言葉は、もはや熟語として成り立っていないと気付き、愕然としました。

そうなると、社会に対する怒りに似た感情がわき、自分が正しいと思う生き方をすることにしました。
それが現時点の私です。完璧にバランスを取ることは出来ないまでも、公平・誠実な生き方です。
この不器用で損な生き方を貫くには、いろいろな摩擦もあり、あきらめざるを得ない交流も多かったです。また、自分を価値を高め、強くする為に国家資格を取ったり、業務スキルを磨いたりもしました。
お陰で今は自由です。

そして、これから、次の段階に行きたいと思っています。
それは自分が出来る範囲でいいから、不平等の世界で潰れかけている日本の子供達をサポートする生き方です。個人レベルでそんなことしたって、偽善や自己満足にすぎないことも理解しています。
でも、この救いようのない世界に少しでも抗いたいのです。

それには私は、今以上に社会的・経済的に自由で強くならないといけません。

その為に、私はこの「リタイア準備期間」で体制を整え、リタイアします。

会社で最高ランクの幹部社員になりました。年収も一気にあがり、退職金・年金の年間増加額も上がります。 もうお金の為に働く必要は一切なく、自分のキャリアの集大成として今を走り抜けます。 年初に一気に全株価が暴落、イラン危機で更に暴落。4月に入りようやく株価が回復してきました。暴落時期...